昨日のMCで言いたかったこと

アドレナリンで言語野が焼き切れてしまったので今日は口語で書こうと思います。熱狂のライブと破茶滅茶な飲み会を終えて、気付くと夜の文翔館から朝の吉田家までワープしていたその身体のまま、バイトに勤しんでおります。疲れている時はやはり中々眠れないくて、仮眠を取らずに来たので色々とやばいです。

もう一回やりたいなあと何となく思いつつも場所の問題が解決しておらず先延ばしになっていた求音ライブでしたが、山口さんの後押しと手厚いサポートでなんとかかんとか開催にこぎつけることができました。気分屋集団シーダランドや駄目元で声をかけたOBバルブ&バイタルも快く出演を引き受けてくれて、本当だったらもっと新しいバンドにも出て欲しかったけど、ヤマザキが頑張ってくれたので。良かったと思います。時間がカツカツだからどうなるかなと思っていたけどオープンと同時に店の前で待ってくれていたと思われるお客さんたちが30人くらい一気に来てくれて、オープン前は準備不足だったところもありバタバタしてて結構不安だったけど、ホッとしました。

演奏は言わずもがなって感じだけども、2年前にやってた時と変わらず野次が飛び交って熱が上がって、そういう良い流れの中でやれたので自然に気合が入ったというか。それで気分が高まってああいう何を言っているかよく分からんと思われるMCになってしまいました。余談ですが(余談なのか?)曲は空中歩行、白昼夢、スローモーションで、ゆらぐ、パーティーは続く、それからアンコールで砂漠という曲をやらせてもらいました。

で、本題なんですがMCについて。意図の伝わる部分は省くにしても、それ以外の部分でなんでもいいとか、どこでもいいとかそういう言葉を多用していたと思うんだけど、色んな人に会えたこと(来てくれたこと)やどのバンドもすげー良かったこと、2年前には到底追いつけないと思っていた人たちより後に演奏できること、していいこと。そういう諸々が嬉しくてしょうがなくて、とにかく全てを肯定したいという気持ちがあり、そういう言葉がたくさん出てきたと思います。バンドでもそれ以外でも何かに夢中になること、その話をまたどっか別の街で会った時にすること、人間やら音楽やら好き嫌い全部それぞれ思ったままでいいじゃんとか、しがらみとかは全部関係なくて見て聞いて思ったことを大事にしなきゃいけないって最近はずっと思っていて、その方が、それがいいよねっていうことを言いたかった。

普段は聞いたまま感じとったままそれぞれの受け取り方でご自由にって大体に関して思っているのでこういう説明みたいなものはあまりしないけど、今日みたいな日はみんなそう思っていてほしいから、少し説明しました。やっぱり求音は全部始まって色んなことを思った場所なので、割と感情的になってしまいました。たまにはいいと思うけど、どうですかね。まいちさんも似たようなこと言ってたけど、形は無くなっても概念っていうか気概?そういうものだけでも残ってくれたらもっともっと嬉しいです。本当にありがとうございました。もう3本も同じ気持ちかそれより更新してやるんで、見に来てね。

大体こんな気持ちです