雑記 01/19

年が明けて平常の日々が始まってからというものの、なんにも無い生活ばかりが続いている。飯を食い、糞をひり散らかしてばっかりの癖にやたらと眠る。本読むでもなければ詩作に取り組むでもない、生産性のない日々だ。思えば自分の詩を読み返すと「何にもない」といった言葉はどの時期のものを見てもぱらぱらと登場するように思うので、これがニュートラルな状態であるのかもしれないが、何にしろひたすらにそんな体たらくであると、さすがに気が滅入る。この雑記にしても「何もしていない」というわずか7文字で済む現状のことをのんべんだらりと書き伸ばし、何かをしているような気分に浸っているだけなのかもしれない。しかしこの「何かしているような気分」というのは何をするにも億劫ないわゆるフツウの若者にとっては非常に重要であって、気を紛らわす手段を持っているか持っていないかでは随分と精神衛生上の違いがあるように思う。趣味を持っているか持っていないかでその人生の充実度が云々といった言説はよくよくあるが、結局は日々に忙殺されていると趣味に没頭するといった時間もなくなってしまうわけで、それを拠り所にしているのであれば尚のこと、なんだかワタシには何にもないなあというよろしくない気分になってしまうわけだ。どんなに好きなことであってもそれをする気力もない、という状態になってしまうことはままあって、そんな時に再び日々を凌ぐための体勢を整えられるような術を知っているか否か、ということは非常に重要なことなのかもしれない。といったように何のことはない単なる個人の気分転換を、まるで現代の若者に警鐘を鳴らすかのような言説にすり替えて分かったような気分になるというのも、一つの手かもしれない。